みずば霊魂学
霊的世界に関して初心者向けの内容です
霊的な真実を探求しています
最近流行りのシルバーバーチなどのスピリチュアリズムの主張とは異なっています
また、「テレビ等では高級な霊魂現象は起きない」と主張しております
統一教会とは一切関係がありません
水波一郎師 監修
このHP(霊をさぐる PC版)では、HP監修者(水波一郎師)に関与している高級な霊魂団の主張をなるべく分かりやすく掲載してきましたが、その主張は他の霊的、宗教的な主張と一致している部分もあれば、全く異なっている部分もあります。
霊的な事実は一つですので、複数の人の主張が一致する事もあると思います。
ですが、こちらの主張には、他とは大きく異なる部分があります。
それでも、時々、「有名な大宗教と関係があるのですか?」というようなご質問をいただくことがあります。
それは、このHPが分量も多く、全てを読んでいただくことが難しいためなのかもしれません。
そこで、あらためて他の主張との違いをはっきりさせ、霊魂学の独自性、および特徴ともいうべきものに焦点を合わせてみたいと思います。
まず、こちらの霊魂学がどのようにして成立しているのかについてご説明します。
基本的には、このHPの監修者である水波一郎師を霊媒として使用する霊魂団の主張をそのまま表したものがこちらの霊魂学の内容です。
水波師に通信してこられる霊魂は複数いらっしゃいます。(この通信のことを『霊魂通信』と呼びます。)
その際、そうした多くの霊魂方の主張が全て一致するとは限りません。
死後の世界はある、幽体はある、という事であれば、どの霊魂通信も全て一致します。
ですが、内容によっては一致しない場合もあるのです。
なぜなら、より上位の霊魂しか知らない、というような内容の通信もあるからなのです。
実は、通信してこられる霊魂方は、それぞれに霊魂としての格が違うらしいのです。
中には、高級というよりも、高貴と呼ぶしかないほど偉大な霊魂もいらっしゃいます。
地上の霊媒としてはどうしても、より格上の霊魂方に、より大きな信憑性を感じざるをえないらしいのです。
ところが、そうした高貴な霊魂方の主張は、ほとんどが人々にそのまま伝えてはならない内容なのだそうです。
どうやら、ここに、私達には分かりにくい謎や神秘があるようです。
霊媒にもいろいろなタイプの方がいらっしゃいますが、基本的には二つのタイプがあります。
まず一つは、いつも関与している専任の霊魂がいて、他の霊魂の主張を紹介する場合も、その霊魂が代弁するというタイプです。
そして、もう一つは、複数の霊魂が次々に入れかわって、霊媒を使用するというタイプです。
双方とも高度な技術が必要になりますが、後者の場合は特に難しくなります。
他界後、まだそれほど時間が経過していない霊魂が、次から次へと入るという事は難しいといっても難易度が低いのですが、高級霊魂と呼びうるような霊魂が次から次へと霊媒を使用するという事は随分と難しい事なのです。
こうした事を成し遂げうる霊媒が本当にいれば、その方は当然、歴史的な達人と言えます。
水波霊魂学の特徴、その1は、水波霊魂学は、高級な、あるいは高貴な霊魂方からの通信の体系である、ということです。
それは、多数の霊魂方からの通信の総合であり、それをまとめてくださる霊魂方もおられ、霊媒自身もそれに関わっているという事なのです。
(「霊魂学とは」参照)
霊的な事実は一つですので、複数の人の主張が一致する事もあると思います。
ですが、こちらの主張には、他とは大きく異なる部分があります。
それでも、時々、「有名な大宗教と関係があるのですか?」というようなご質問をいただくことがあります。
それは、このHPが分量も多く、全てを読んでいただくことが難しいためなのかもしれません。
そこで、あらためて他の主張との違いをはっきりさせ、霊魂学の独自性、および特徴ともいうべきものに焦点を合わせてみたいと思います。
まず、こちらの霊魂学がどのようにして成立しているのかについてご説明します。
基本的には、このHPの監修者である水波一郎師を霊媒として使用する霊魂団の主張をそのまま表したものがこちらの霊魂学の内容です。
水波師に通信してこられる霊魂は複数いらっしゃいます。(この通信のことを『霊魂通信』と呼びます。)
その際、そうした多くの霊魂方の主張が全て一致するとは限りません。
死後の世界はある、幽体はある、という事であれば、どの霊魂通信も全て一致します。
ですが、内容によっては一致しない場合もあるのです。
なぜなら、より上位の霊魂しか知らない、というような内容の通信もあるからなのです。
実は、通信してこられる霊魂方は、それぞれに霊魂としての格が違うらしいのです。
中には、高級というよりも、高貴と呼ぶしかないほど偉大な霊魂もいらっしゃいます。
地上の霊媒としてはどうしても、より格上の霊魂方に、より大きな信憑性を感じざるをえないらしいのです。
ところが、そうした高貴な霊魂方の主張は、ほとんどが人々にそのまま伝えてはならない内容なのだそうです。
どうやら、ここに、私達には分かりにくい謎や神秘があるようです。
霊媒にもいろいろなタイプの方がいらっしゃいますが、基本的には二つのタイプがあります。
まず一つは、いつも関与している専任の霊魂がいて、他の霊魂の主張を紹介する場合も、その霊魂が代弁するというタイプです。
そして、もう一つは、複数の霊魂が次々に入れかわって、霊媒を使用するというタイプです。
双方とも高度な技術が必要になりますが、後者の場合は特に難しくなります。
他界後、まだそれほど時間が経過していない霊魂が、次から次へと入るという事は難しいといっても難易度が低いのですが、高級霊魂と呼びうるような霊魂が次から次へと霊媒を使用するという事は随分と難しい事なのです。
こうした事を成し遂げうる霊媒が本当にいれば、その方は当然、歴史的な達人と言えます。
水波霊魂学の特徴、その1は、水波霊魂学は、高級な、あるいは高貴な霊魂方からの通信の体系である、ということです。
それは、多数の霊魂方からの通信の総合であり、それをまとめてくださる霊魂方もおられ、霊媒自身もそれに関わっているという事なのです。
(「霊魂学とは」参照)
霊魂学の特徴、次は、霊的な事実を探求しているという点です。
たとえば、同じように霊媒を用いて霊魂からの通信を得ていると主張している所もありますが、それらの場合はおおむね宗教的な教えを重視しています。
宗教としての教えは大切です。
人生をどう生きるか、愛がいかに大切か、というような事を、繰り返し、繰り返し、説いている所が多いと言えましょう。
ですが、霊魂学はそうではありません。
この世の生き方も大きなテーマですが、それ以前に、真実が知りたいのです。
真実を知った上で、それをもとに人生を考えたいのです。
霊魂の世界と、この世の人間の関係はどうなっているのか、人間が死後に使用する身体はどうなっているのか、もちろん、分かる範囲は限られているとは思います。
ですが、私達が知り得る範囲で構いませんので、本当の事が知りたいのです。
残念ながら、現在の科学は霊魂や死後の世界を否定しています。
ですから、科学で霊魂を知る事は無理です。
霊魂学は、私達にそれをできうる限り知らせようとしています。
ただし、科学によってではなく、霊媒を使用しての通信ですので、むしろ宗教の分野に分類されると考えられます。
分類の仕方はあくまでも定義上の問題で、霊魂学は、どのように分類されようとも霊魂学なのです。
従来、宗教ではいつも教義が絶対です。
変更など簡単にできるものではありません。
信仰であるならば当然であると言えましょう。
ですが、霊魂学はそうではありません。
通信してこられる霊魂によって説明の仕方が異なりますし、霊魂方の格に上下がありますので、より上位の方や、より専門知識のある方が通信される事によって、それまでの主張が変更されることもありうるのです。
科学が、それまでの説を新しい発見で塗り替えていくのと同様に、霊魂学もまた、変化して行くのです。
それは、霊魂と霊媒の技術が共に上がっていくために起こる事でもあります。
霊魂学は科学ではありませんが、科学と同じで、日々進歩して行くという特徴を持っているのです。
もちろん、霊媒が生きている間だけですが。
そして、実は、求める人のレベルが上がると、通信内容もそれに相応しく上がって行くのだそうです。
霊魂学の特徴2は、霊魂学は霊的な真実を探求し、新しい情報を得るたびに進歩して行くという事なのです。
たとえば、同じように霊媒を用いて霊魂からの通信を得ていると主張している所もありますが、それらの場合はおおむね宗教的な教えを重視しています。
宗教としての教えは大切です。
人生をどう生きるか、愛がいかに大切か、というような事を、繰り返し、繰り返し、説いている所が多いと言えましょう。
ですが、霊魂学はそうではありません。
この世の生き方も大きなテーマですが、それ以前に、真実が知りたいのです。
真実を知った上で、それをもとに人生を考えたいのです。
霊魂の世界と、この世の人間の関係はどうなっているのか、人間が死後に使用する身体はどうなっているのか、もちろん、分かる範囲は限られているとは思います。
ですが、私達が知り得る範囲で構いませんので、本当の事が知りたいのです。
残念ながら、現在の科学は霊魂や死後の世界を否定しています。
ですから、科学で霊魂を知る事は無理です。
霊魂学は、私達にそれをできうる限り知らせようとしています。
ただし、科学によってではなく、霊媒を使用しての通信ですので、むしろ宗教の分野に分類されると考えられます。
分類の仕方はあくまでも定義上の問題で、霊魂学は、どのように分類されようとも霊魂学なのです。
従来、宗教ではいつも教義が絶対です。
変更など簡単にできるものではありません。
信仰であるならば当然であると言えましょう。
ですが、霊魂学はそうではありません。
通信してこられる霊魂によって説明の仕方が異なりますし、霊魂方の格に上下がありますので、より上位の方や、より専門知識のある方が通信される事によって、それまでの主張が変更されることもありうるのです。
科学が、それまでの説を新しい発見で塗り替えていくのと同様に、霊魂学もまた、変化して行くのです。
それは、霊魂と霊媒の技術が共に上がっていくために起こる事でもあります。
霊魂学は科学ではありませんが、科学と同じで、日々進歩して行くという特徴を持っているのです。
もちろん、霊媒が生きている間だけですが。
そして、実は、求める人のレベルが上がると、通信内容もそれに相応しく上がって行くのだそうです。
霊魂学の特徴2は、霊魂学は霊的な真実を探求し、新しい情報を得るたびに進歩して行くという事なのです。
次の特徴は霊魂学が霊的トレーニングと一体化しているという点です。
霊魂からの通信によって成り立っている宗教やスピリチュアリズムの多くは、『教え』を重視しています。
愛や利他的な行為を盛んに主張しています。
ですが、霊的トレーニングにはあまり関心がないようです。
せいぜい、簡単な瞑想を行なっている程度のように思われます。
少なくとも本格的な体系を持っていません。
これは、考え方に大きな違いがあるからです。
日本には密教や古神道、修験道等、修行を重視する宗教があります。
ですが、現在、霊魂からの通信を受けたと主張して、大きな勢力を持っている所はほとんどが教え重視のようです。
たとえば、スピリチュアリズムの一部では、何を信じたかではなく、霊的な教えを実践する事が大切だと説くそうです。
これは、イエスを信じたから良いのではなく、イエスでなくても他の神や仏を信じていても、霊的に正しい行為を行なう事が勧められるという事だと思えます。
特定の神や仏を信仰する人達の場合は、信じる神や仏のランクが問題になるようです。
どちらの神が霊的に高いのかが、議論になるそうです。
つまり、ただ霊的に善い行為を実践しても、正しい神を信じないといけない、というような主張だろうと思われます。
いずれにしましても、愛の心で善なる行為を行なうことが、教えの中心と言えましょう。
ところが、霊魂学はまるで異なります。
霊魂学では、愛も大切ですし、善なる行為も大切ですけれども、ただそれだけでは単なる倫理道徳とそれほど変わらないと主張するのです。
霊魂からの通信によると、人間の魂にとって表面意識は、ほんの一部なので、表面意識だけを問題にしていても、霊的生命体としての進歩はごく小さく、霊的生命体としての魂の全体が進歩しなければ価値が小さいというのです。
魂全体の進歩のためには、霊的トレーニングが必要だけれども、深山幽谷に入っての難行苦行ではなく、日常生活の中で行なう霊的トレーニングが大切だと主張するのです。
禁欲するのではなく、一般人として普通に生活し、結婚しても良いし、お酒を飲んでも良い。
そうした普通の生活をしながら、自分の心を見つめ、表面の心もより進歩する事を願い、霊的に高貴な存在の事を思い、一歩でも霊的に進歩しようとして努力する事を勧めるのです。
日常生活の中で行なう霊的トレーニングですから、水の禊といっても真冬の寒行や滝行のような荒行はしません。
自宅での行は、冬の寒い時には、お湯で薄めても構わないのです。
あくまでも、難行苦行ではないのです。
そうした霊的トレーニングを深めて行きますと、理屈だけでは分からない事が実感として分かるようになります。
そうなりますと、霊魂学はより深く理解できるようになるのです。
つまり、霊魂学を深めるには霊的トレーニングが有用なのです。
逆な言い方をすれば、霊的トレーニングで高貴な霊魂方や高級な気を実感できないと、本当の意味で霊魂の学問は理解できないのです。
頭だけで霊的世界の事や霊的世界の存在の思いを理解できることなどないのです。
霊魂学の特徴その3は、霊魂学は霊的トレーニングと一体だという事なのです。
霊魂からの通信によって成り立っている宗教やスピリチュアリズムの多くは、『教え』を重視しています。
愛や利他的な行為を盛んに主張しています。
ですが、霊的トレーニングにはあまり関心がないようです。
せいぜい、簡単な瞑想を行なっている程度のように思われます。
少なくとも本格的な体系を持っていません。
これは、考え方に大きな違いがあるからです。
日本には密教や古神道、修験道等、修行を重視する宗教があります。
ですが、現在、霊魂からの通信を受けたと主張して、大きな勢力を持っている所はほとんどが教え重視のようです。
たとえば、スピリチュアリズムの一部では、何を信じたかではなく、霊的な教えを実践する事が大切だと説くそうです。
これは、イエスを信じたから良いのではなく、イエスでなくても他の神や仏を信じていても、霊的に正しい行為を行なう事が勧められるという事だと思えます。
特定の神や仏を信仰する人達の場合は、信じる神や仏のランクが問題になるようです。
どちらの神が霊的に高いのかが、議論になるそうです。
つまり、ただ霊的に善い行為を実践しても、正しい神を信じないといけない、というような主張だろうと思われます。
いずれにしましても、愛の心で善なる行為を行なうことが、教えの中心と言えましょう。
ところが、霊魂学はまるで異なります。
霊魂学では、愛も大切ですし、善なる行為も大切ですけれども、ただそれだけでは単なる倫理道徳とそれほど変わらないと主張するのです。
霊魂からの通信によると、人間の魂にとって表面意識は、ほんの一部なので、表面意識だけを問題にしていても、霊的生命体としての進歩はごく小さく、霊的生命体としての魂の全体が進歩しなければ価値が小さいというのです。
魂全体の進歩のためには、霊的トレーニングが必要だけれども、深山幽谷に入っての難行苦行ではなく、日常生活の中で行なう霊的トレーニングが大切だと主張するのです。
禁欲するのではなく、一般人として普通に生活し、結婚しても良いし、お酒を飲んでも良い。
そうした普通の生活をしながら、自分の心を見つめ、表面の心もより進歩する事を願い、霊的に高貴な存在の事を思い、一歩でも霊的に進歩しようとして努力する事を勧めるのです。
日常生活の中で行なう霊的トレーニングですから、水の禊といっても真冬の寒行や滝行のような荒行はしません。
自宅での行は、冬の寒い時には、お湯で薄めても構わないのです。
あくまでも、難行苦行ではないのです。
そうした霊的トレーニングを深めて行きますと、理屈だけでは分からない事が実感として分かるようになります。
そうなりますと、霊魂学はより深く理解できるようになるのです。
つまり、霊魂学を深めるには霊的トレーニングが有用なのです。
逆な言い方をすれば、霊的トレーニングで高貴な霊魂方や高級な気を実感できないと、本当の意味で霊魂の学問は理解できないのです。
頭だけで霊的世界の事や霊的世界の存在の思いを理解できることなどないのです。
霊魂学の特徴その3は、霊魂学は霊的トレーニングと一体だという事なのです。
高級な霊魂から通信を得る事によって、霊的な情報を発信していると主張する人達の中には、本物も偽物もいらっしゃると思われます。
ですが、このコーナーでは、そうした事を考えずに、有名な方々を取り上げて説明させていただきます。
まず、有名な個人や団体と言えば、最近ではテレビで有名な江原啓之さんでしょう。
宗教家では大川隆法さん、更には統一教会などが有名なようです。
もちろん、シルバーバーチも有名です。
これらの方々と比べると、当HPの監修者(水波一郎師)はまるで無名です。
その証拠に、このHP(霊をさぐる PC版)の内容をそのままブログ等に掲載して、ご自分の主張だと書いている方も複数いらっしゃるのです。
バレないと思うからこそ盗用なさるのでしょうから、このHPはあまり知られていないと言わざるを得ません。
知名度では比較になりませんが、盗用されるという事は、内容は評価されているということでもあります。
ここでは、その有名な人達との違いを調べてみたいと思います。
まず、有名な方々の特徴は強いカリスマ性を持っていらっしゃるという事です。
江原さんのようにテレビで視聴率を取る事は大変な事なのでしょうから、たぶん強い個性をお持ちなのだと思われます。
大川さんも大勢の信者さん達の頂点に立っておられます。
やはり、カリスマ性が強いのでしょう。
統一教会の文鮮明さんの事は良く知りませんが、世界に広がっているのですから、おそらくカリスマ性が随分と強いのでしょう。
シルバーバーチの霊媒の方は、宗教家とは違ってカリスマ性はない、と書いていた方がいらっしゃいました。
ですが、実際には、通信霊の方が実質的なカリスマという事になるのではないでしょうか。
いずれにしても、皆さん、巨大なカリスマなのでしょう。
一方、霊魂学の霊媒はそうではありません。
残念ながら少人数の会員相手に、霊的トレーニングを指導しているにとどまっています。
有名でないという事は影響力も小さいという事です。
大変残念ですが、 大勢の人達に霊的な影響を与えるという事は、夢のまた夢というところです。
霊魂学の特徴4は、少なくとも現時点ではマイナーだという事です。
ですが、このコーナーでは、そうした事を考えずに、有名な方々を取り上げて説明させていただきます。
まず、有名な個人や団体と言えば、最近ではテレビで有名な江原啓之さんでしょう。
宗教家では大川隆法さん、更には統一教会などが有名なようです。
もちろん、シルバーバーチも有名です。
これらの方々と比べると、当HPの監修者(水波一郎師)はまるで無名です。
その証拠に、このHP(霊をさぐる PC版)の内容をそのままブログ等に掲載して、ご自分の主張だと書いている方も複数いらっしゃるのです。
バレないと思うからこそ盗用なさるのでしょうから、このHPはあまり知られていないと言わざるを得ません。
知名度では比較になりませんが、盗用されるという事は、内容は評価されているということでもあります。
ここでは、その有名な人達との違いを調べてみたいと思います。
まず、有名な方々の特徴は強いカリスマ性を持っていらっしゃるという事です。
江原さんのようにテレビで視聴率を取る事は大変な事なのでしょうから、たぶん強い個性をお持ちなのだと思われます。
大川さんも大勢の信者さん達の頂点に立っておられます。
やはり、カリスマ性が強いのでしょう。
統一教会の文鮮明さんの事は良く知りませんが、世界に広がっているのですから、おそらくカリスマ性が随分と強いのでしょう。
シルバーバーチの霊媒の方は、宗教家とは違ってカリスマ性はない、と書いていた方がいらっしゃいました。
ですが、実際には、通信霊の方が実質的なカリスマという事になるのではないでしょうか。
いずれにしても、皆さん、巨大なカリスマなのでしょう。
一方、霊魂学の霊媒はそうではありません。
残念ながら少人数の会員相手に、霊的トレーニングを指導しているにとどまっています。
有名でないという事は影響力も小さいという事です。
大変残念ですが、 大勢の人達に霊的な影響を与えるという事は、夢のまた夢というところです。
霊魂学の特徴4は、少なくとも現時点ではマイナーだという事です。
霊的な環境の高級化や、幽体の高級化を重視するという点は、霊魂学が他と異なる大きな特徴といえるでしょう。
幽体は死後の世界で使用する身体です。
人間にとっては非常に大切な身体であるといえます。
ですが、幽体については、他ではほとんど語られていません。
それは、大きな勘違いがあるからなのです。
多くの霊界通信では、死後の世界に入ると老いていた人でも若くなり、病気で寝ていた人でも立って歩けるようになるとしています。
そこには、人が死ぬと、その幽体は健全になる、という勘違いがあるのです。
実際には、肉体が消えると、肉体の病気や老化は消えるのですが、幽体が健全になり、霊的に高級な身体になるという事はないのです。
たとえば、高級な霊魂と呼ばれている霊魂方の身体は、より下の世界の霊魂から見ると眩しいくらいに輝いて見えます。
それは、身体の質そのものが高級だからなのです。
死んで間もない人の幽体は、確かに病気で寝ていなくても済むような身体にはなっていますが、幽体の性質そのものが霊的に高級になるわけではないのです。
輝いていることもないのです。
言うまでもなく、そのような幽体のままでは、天使のような世界に住むことはできないのです。
霊魂学では、この地上という貴重な空間に住んでおられる皆さんにぜひ行なっていただきたいものとして、霊的トレーニングを勧めています。
霊的トレーニングは、霊的な身体を高級なものにすることを可能にします。
その結果、私達はより高級な霊魂が住み得る世界に入りやすくするのです。
つまり、今、この地上にいる間にぜひとも霊的身体を高級にしておくべきだと言えるのです。
霊的トレーニングは魂の全体としての進歩をもたらしますので、幽体も高級化しやすくなります。
(もちろん、その上の霊的身体のための霊的トレーニングもあります。)
地上にいる間に幽体をより健全にし、より高級にすることは、魂にとって大変重要な事なのです。
なぜならば、幽体が活力を持つことにより、幽体から発するオーラは強く大きく伸びるようになるからです。
幽体オーラが強く大きく伸びる事で、私達は守護霊や指導霊といった高級な霊魂の影響を受けることができるようになります。
逆に、幽体の状態が悪く、幽体オーラもほとんど出ないということになりますと、不道徳な意識を持つ霊魂や、低い幽気の影響を受ける事が心配されます。
それは、状況は個々に異なりますが、人生が思わぬ方向に引っ張られてしまうことにもつながります。
死後の世界のためだけではなく、この世を生きるためにこそ、幽体の健全化はなくてはならないものなのです。
頭だけで霊魂を勉強し、善行ばかりを考えていても、それだけでは幽体は強化されることはないのです。
霊魂学の特徴5、それは、霊魂学は霊的な環境を良くする事や幽体の高級化を重視する、という事なのです。
幽体は死後の世界で使用する身体です。
人間にとっては非常に大切な身体であるといえます。
ですが、幽体については、他ではほとんど語られていません。
それは、大きな勘違いがあるからなのです。
多くの霊界通信では、死後の世界に入ると老いていた人でも若くなり、病気で寝ていた人でも立って歩けるようになるとしています。
そこには、人が死ぬと、その幽体は健全になる、という勘違いがあるのです。
実際には、肉体が消えると、肉体の病気や老化は消えるのですが、幽体が健全になり、霊的に高級な身体になるという事はないのです。
たとえば、高級な霊魂と呼ばれている霊魂方の身体は、より下の世界の霊魂から見ると眩しいくらいに輝いて見えます。
それは、身体の質そのものが高級だからなのです。
死んで間もない人の幽体は、確かに病気で寝ていなくても済むような身体にはなっていますが、幽体の性質そのものが霊的に高級になるわけではないのです。
輝いていることもないのです。
言うまでもなく、そのような幽体のままでは、天使のような世界に住むことはできないのです。
霊魂学では、この地上という貴重な空間に住んでおられる皆さんにぜひ行なっていただきたいものとして、霊的トレーニングを勧めています。
霊的トレーニングは、霊的な身体を高級なものにすることを可能にします。
その結果、私達はより高級な霊魂が住み得る世界に入りやすくするのです。
つまり、今、この地上にいる間にぜひとも霊的身体を高級にしておくべきだと言えるのです。
霊的トレーニングは魂の全体としての進歩をもたらしますので、幽体も高級化しやすくなります。
(もちろん、その上の霊的身体のための霊的トレーニングもあります。)
地上にいる間に幽体をより健全にし、より高級にすることは、魂にとって大変重要な事なのです。
なぜならば、幽体が活力を持つことにより、幽体から発するオーラは強く大きく伸びるようになるからです。
幽体オーラが強く大きく伸びる事で、私達は守護霊や指導霊といった高級な霊魂の影響を受けることができるようになります。
逆に、幽体の状態が悪く、幽体オーラもほとんど出ないということになりますと、不道徳な意識を持つ霊魂や、低い幽気の影響を受ける事が心配されます。
それは、状況は個々に異なりますが、人生が思わぬ方向に引っ張られてしまうことにもつながります。
死後の世界のためだけではなく、この世を生きるためにこそ、幽体の健全化はなくてはならないものなのです。
頭だけで霊魂を勉強し、善行ばかりを考えていても、それだけでは幽体は強化されることはないのです。
霊魂学の特徴5、それは、霊魂学は霊的な環境を良くする事や幽体の高級化を重視する、という事なのです。